[世伝石塔]は“中世”がお手本です(1)

こんにちは、翼石材の企画担当、高橋です。
今回は、弊社の最も特徴的な“看板商品”である[世伝石塔(せいでんせきとう)]シリーズのことを書きたいと思います。

[世伝石塔]は、中世の石塔の形式やつくり方を範として制作している、弊社オリジナルのお墓シリーズです。
ここでいう「石塔」は仏教の「石塔婆(いしとうば)」を意味し、具体的には層塔(そうとう)、宝塔(ほうとう)、五輪塔(ごりんとう)、宝篋印塔(ほうきょういんとう)などを指します。
また、石塔のほか石灯籠や石仏を含めて、古作は「石造物」「石造美術」と総称されることもあります。

さて、形もつくり方も中世をお手本にしているというと、多くの人に、
「なぜ今さら、そんなに面倒なお墓づくりを?」
と不思議がられます。
現在つくられている石塔は近世=江戸時代か、またはそれ以降にアレンジが加わった形をしています。
つくり方も、中世はもちろんすべて手加工でしたが、現代は機械を使った製作方法です。
なのに400年以上も前の「中世を!」と標榜するのですから、「なぜ今さら?」と言われるのはもっともなことかもしれません。

「なぜ、中世なのか?」
少し長くなりますが、そのことから書かせてください。

石塔は古くからつくられてきました。
国内では、層塔は奈良時代、宝塔と五輪塔は平安時代、宝篋印塔は鎌倉時代の遺品が最古とされています。

その長い歴史のなかで、「石造物の黄金期は鎌倉時代」というのが定説です。
全国に遺された各時代の石塔や石灯籠や石仏を見て歩くと、その定説が正しいと納得できます。
鎌倉時代の遺品は造形に力強さと創造力が感じられて、教義に基づく意匠の細部にわたる表現まで、それをつくった人々が篤い信仰心をもっていたことを明確に表しているのです。
それ以降は徐々にマンネリ化し、 “信仰の表現”から遠ざかっていきます。

ただ、それらは大型の遺品を見てわかることですが、室町時代ごろからは一方で、一石五輪塔など小型の遺品が急増します。
これは、主に仏教関係者や富裕層の信者によって行なわれていた造塔供養が、庶民レベルとはいわないまでも、以前より広い層の人々に浸透したことを物語ります。
各地の寺院や墓地に遺された名もない小型塔を見ると、素朴で飾り気のない形ながら、供養の心を込めてつくった精神性と美しさが感じられます。
その意味では、室町時代=中世後期も見過ごすことのできない時代です。

このような理由で、私たちは鎌倉時代を中心に、室町時代までの「中世」の形にこそ石塔の原点・真髄があると考えています。
[世伝石塔]はそれを現代に復活させ、故人を供養する正しい形と、造形物としての美しい形を兼ね備えたお墓を提案するためにつくったシリーズなのです。