『日本石材工業新聞』に連載が掲載されました。

『日本石材工業新聞』連載「おしえて お墓の話 石造美術オタクのひとり言」が掲載されました。

販売元 日本石材工業新聞

 こんにちは、(有)翼石材・企画室の高橋です。前回に引き続き、私の大好きな石造物を紹介させていただこうと思います。
 今回は、神奈川県足柄下郡箱根町元箱根精進池付近にある鎌倉時代後期造立の『箱根山五輪塔(3基)』(国重要文化財)を紹介したいと思います。

 では簡単に形式や意匠について説明したいと思います。3基とも箱根山系の安山岩製。ともに完存しており、曽我兄弟墓は左から257.6cm、258cm。虎御前墓は241.2cmです。各部材には四方梵字が刻まれていますが、曽我兄弟墓はどちらも水輪北面の種子(バク)が入るべきところを、代わりに舟形光背に彫り沈めて地蔵菩薩を浮き彫りにしています。地輪は曽我兄弟墓に比べ虎御前墓がやや低く、上端は3基とも水垂勾配を取らずに水平としています。

 水輪は曽我兄弟墓が押しつぶされたような偏平な形状に対して虎御前墓は高さがあり、球体に近い割合になっています。
火輪の軒は虎御前墓が薄く軒反り(屋根が下がって見えないように軒先に近づくにつれて勾配を取る)は真反り(軒に直線部分がなく、全体が反っている形状)に近い形状に対して、曽我兄弟墓はどちらかといえば隅反り(軒の中心部分は直線とし、両端を反らせた形状)になっています。空風輪は3基ともほぼ同形ですが、一般的な風輪の上端の水垂勾配はなく、いずれもほぼ水平、空輪は球形に近い形状です。
 以上から、曽我兄弟墓の2基は共通点が多く、ほぼ同時期の造立と考えられています。さらに、曽我兄弟墓は銘文がなく造立年代は不明ですが、虎御前墓の地輪の高さや軒の厚みなどが、より古い様相を持つため、虎御前墓の造立年代に少し遅れるものと考えられています。
 また、3基の五輪塔がある精進池付近には、鎌倉の極楽寺律宗の僧・良観房忍性が係わったとされる地蔵信仰に基づいた石塔・石仏が多く造立されていることと、前述の銘文や水輪の地蔵菩薩が浮き彫りされていることから、3基の五輪塔は、地蔵信仰の供養塔であることが分かります。加えて、曽我兄弟墓・虎御前墓と呼ばれていますが、曽我兄弟・虎御前の供養塔ではなく、「曽我物語」(鎌倉時代初期に起きた曽我兄弟の仇討ちを題材にした物語)に由来する俗称です。

 それでは、ここからは『箱根山五輪塔』の魅力をお伝えしようと思います。とは言いながら五輪塔自体はシンプルなため、意匠があまりありません。では、どこを見れば?と、思ってしまいますが、私が思う最高にカッコいい五輪塔は、安定感があり、そして素朴でおおらかさがあることが条件だと思っています。箱根山五輪塔の中でも、その条件にガッツリ当てはまるのが虎御前墓です。私は数ある五輪塔の中でも上位に入るくらい大好きです。現代の一般的な五輪塔の塔型は、下から下台(中台)、上台、地輪(軸・仏石)、水輪、火輪、空風輪から成り、どちらかと言えば背高のっぽで安定感がありません。さらに、火輪の形状は軒面が外反し、軒反りと屋だるみ(屋根瓦のたるみ、円弧)は非常に強く作られたものが多く、残念ながらいやらしさを感じてしまいます。(あくまで私の主観です)それに比べ、虎御前墓は地輪の低さも相まって安定感抜群です。火輪の軒は緩やかな真反り、屋だるみも緩く作られ、なんとも言えないやさしい形です。水輪や空風輪の形・大きさもちょうど良く、塔型のバランスは抜群と言うほかありません。これに四方梵字が加わることで力強さも感じられます。そしてさらにこの五輪塔の良さを引き立たせているのが、ちょっと小さめの基礎石です。五輪塔がちょこんと建っている様がたまりません。ここまでくれば愛嬌すら感じてしまいませんか?
 次に、曽我兄弟墓の水輪に浮き彫りされた地蔵菩薩がめっちゃくちゃ珍しいです。これだけを見て帰っても価値があるのではないでしょうか。また、加工についても細部まで作り込まれており、光背下部の蓮華座の浮き彫りが、水輪面より外に張り出して作られているところは非常におもしろく、制作者側としてはとても参考になります。ただ、四方梵字の種子を外し、代わりに地蔵菩薩を彫刻するということは、どのような思想があるのでしょうか?すごく疑問に思い、理想も込めて自分なりに解釈してみました。お墓(仏塔)の本質は、お墓参りをすることで死者と生者の幸せを必ず実現してくれることです。そう考えてみると、箱根山五輪塔の仏塔思想は、『礼拝供養することで、六道に迷う全ての故人を地蔵菩薩が救済し、五輪塔によって成仏と極楽往生が出来る!』ということでしょう。従って種子の彫刻がされていなくても、その教義は塔に含まれているということで良いと思います。ありがたいの一言です。
 また、曽我兄弟墓も虎御前墓同様に基礎石の上に建っていますが、こちらは一つの基礎石に2基建てられています。建立当初はどのような形で基礎石が使われていたかわかりませんが、改めて見てみますとすごく雰囲気が良くてかわいいです。地輪は虎御前墓より少し高さがありますが、こちらも安定感抜群です。
 さらに、写真ではわかりにくいですが、3基とも基礎石の高さを含めますと300cm前後の巨塔になり、圧巻の見応えです。どこをとっても本当にすばらしい五輪塔です。
 何度もお伝えしていますが、やっぱり仏教の教義に則って一つ一つ丁寧に作り上げられた仏塔は何回見ても見飽きません。ぜひ石材人として、一度は訪れてみてください(一度と言わず二度、三度)。

 精進池付近は前述でも少し触れましたが、地蔵信仰に基づいた石塔・石仏が多く造立されており、箱根山五輪塔(3基)の他に「俗称 多田満仲之墓(宝篋印塔)」、「俗称 二十五菩薩(磨崖仏)」、「俗称 六道地蔵(磨崖仏)」、「俗称 応長地蔵(磨崖仏)」が国重要文化財に指定されています。お散歩がてら石塔・石仏群めぐりをしてみてはいかがでしょうか。
 さて、いつものように晩酌をしながら掲載する写真を選んでいますが、本物を見ながら飲んだらもっとおいしいだろうなぁ。